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東京高等裁判所 平成元年(行コ)65号 判決 1991年1月24日

長野市青木島3丁目9番地10

控訴人

富士工機株式会社

右代表者代表取締役

藤形禎一

右訴訟代理人弁護士

赤木巍

長野市西後町608番地2

被控訴人

長野税務署長 大月春雄

右指定代理人

浅野晴美

新井宏

石和田一郎

嶋田恵一

右当事者間の法人税更正処分取消請求控訴事件について,当裁判所は,次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が昭和59年11月30日付けでした,控訴人の昭和56年11月1日から昭和57年10月31日までの事業年度(以下「昭和57年10月期」という。その他の事業年度についても,同様の表現方法を用いる。)の法人税の更正処分のうち,修正申告の所得金額零円を超える部分(ただし,のちの異議決定による一部取消後のもの)を取り消す。

3  被控訴人が昭和60年5月10日付けでした,控訴人の昭和58年10月期の法人税の再更正処分(以下昭和57年10月期の法人税の更正処分(右による一部取消後のもの)と合わせて「本件各更正処分」という。)のうち,修正申告の所得金額零円を超える部分を取り消す。

4  控訴費用は,第一,二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文と同旨

第二当事者の主張

当事者双方の主張は,次のとおり付加するほか,原判決の事実摘示のとおり(ただし,原判決3枚目表8行目の末尾に「同表中本件土地とあるのは,後記(二)(4)の土地をいう。」を加え,同10枚目裏2行目の末尾に行をかえて「なお,控訴人は,昭和53年10月期においても過大在庫の計上をしており,このため,被控訴人の担当官は,控訴人の会計事務担当者に,昭和54年10月期の更正処分をしても所得金額及び税額に影響がない旨を告げた。」を挿入し,同11枚目表7行目の「かつ」の次に「,昭和53年10月期の帳簿を含む」を加え,同13行目の項目の表示「四」を「(四)」に改め,別表二をこの判決添付のものに改める。)であるから,これを引用する。

(控訴人らの主張)

1  処分理由の差替えについて

控訴人は青色申告者であるところ,被控訴人は,昭和57年10月期及び昭和58年10月期の法人税の異議決定書において,控訴人に対し,昭和54年10月期に29,997,000円の在庫の過大計上を認めつつ,当該事業年度については国税通則法70条2項の規定により更正処分をすることができないことを理由として昭和54年10月期の法人税の更正決定をしないことを告知した。このような場合には,被控訴人は,本件訴訟において,右異議決定書に記載された理由とは異なる事由すなわち控訴人が昭和53年10月期においても過大在庫を計上していたことなどの事由を理由として処分の適法性を主張することは許されない。

2  前年度以前の翌期繰越欠損金額の確定に対して

後記被控訴人の主張2の前年度以前の翌期繰越欠損金額の確定に関する主張を争う。

被控訴人が,昭和60年5月10日付けで,控訴人に対してした昭和55年10月期及び昭和56年10月期に関する再更正処分の通知書には,不服申立をすることができる旨の教示が抹消されていたこと,昭和54年10月期の過大在庫の減額は,右各再更正処分を争うことによっては認められる余地がないことから,控訴人は,本訴において,昭和54年10月期の過大在庫を是正すべきことを主張することができるものである。

また,控訴人は,昭和54年10月期について減額の更正処分をすることが可能であった昭和59年8月6日から同年11月30日にかけて,被控訴人の職権の発動による更正を求めたが,被控訴人は,右要求を無視して,国税通則法70条2項所定の期間を徒過した後の昭和60年5月10日に更正処分をしたのであり,このような事情の下では,信義則により,被控訴人は,右2の主張をすることができない。

3  異議決定の違法について

本件各更正処分の経緯は原判決別紙一のとおりであるところ,被控訴人が昭和60年5月9日にした異議決定のうち,過大在庫の是正を理由とするものは,次のような内容であり,これに基づき昭和55年10月期からの翌期繰越欠損金を是正するものであった。

ところで,過大在庫の計上額は実質的には欠損額にほかならないのであるから,昭和56年10月期については,実質上の翌期繰越欠損金は,過大在庫計上分54,000,000円を加えた102,321,612円となるべきところ,右異議決定の結果,翌期繰越欠損金は72,324,612円に,過大在庫計上額は零にそれぞれ変更され,実質上の翌期繰越欠損金に比し,29,977,000円の減となり,昭和57年10月期以降の翌期繰越欠損金及び税額に控訴人の不利に影響を与えた。また,右異議決定がなければ,昭和59年10月期に過大在庫計上分39,999,980円を修正し,その結果,同年度以降の法人税額を減額し得たのに,異議決定の結果それも不可能となった。このように,右異議決定は,控訴人に不利となるものであって違法であり,これを前提とする本件各更正処分も違法である。

事業年度

売上原価に加算

売上原価に減算

昭和54年10月期

29,977,000円

昭和55年10月期

29,977,000円

54,000,000円

昭和56年10月期

54,000,000円

54,000,000円

昭和57年10月期

54,000,000円

40,053,000円

昭和58年10月期

40,053,000円

39,999,980円

(被控訴人)

1  処分理由の差替えについて

控訴人の処分理由の差替えに関する主張を争う。処分理由の差替の許否が問題とされるのは,原処分の理由とされた課税要件事実が存在しない場合において,処分行政庁がその処分の適法性を維持するため,別の課税要件事実を新たに提出する場合であって,異議決定の理由についてまで,差替えの許否が問われる余地はない。したがって,被控訴人は,本訴において異議決定書に記載された理由以外の理由も主張することができる。

2  前年度以前の翌期繰越欠損金額の確定について

控訴人は,昭和54年10月期ないし昭和56年10月期の法人税について,いずれも国税通則法23条1項所定の更正の請求をしなかったために,右各事業年度の申告における各翌期繰越欠損金額に係る部分(ただし,昭和55年10月期及び昭和56年10月期については再更正された金額。以下同じ。)は,既に確定している。したがって,右各事業年度より後の事業年度である昭和57年10月期及び昭和58年10月期の法人税の更正処分の取消訴訟において,昭和54年10月期ないし昭和56年10月期の課税標準等及び税額等についての過誤訂正を求める手続きを経ることなく,既に確定した申告に係る翌期繰越欠損金額の増額の更正を前提として,更正処分の取消を求めることは許されない。

なお,被控訴人は,本件調査において,控訴人主張の昭和54年10月期の在庫の過大計上を確認し得なかったし,また,被控訴人が本件各更正処分を行うに当たり,右過大計上を確認したとか,翌期繰越欠損金額を職権で増額する旨を表示したことはないから,被控訴人が右確定に関する主張をすることは,信義則に反するものではない。

3  異議決定の違法に対して

控訴人は,異議決定の違法を主張するが,異議決定に固有の違法は,更正処分の取消事由とはなり得ない。

なお,控訴人がした異議決定は,昭和57年10月期のものは,更正処分における所得金額の一部を取り消し,昭和58年10月期のものは,更正処分における所得金額を維持したもので,控訴人に不利益に更正処分を変更したものではない。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから,これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実(本件各更正処分の経緯)並びに抗弁1及び2の事実(ただし,同1中,(一)及び(二)の各(11)ないし各(19)の事実並びに同22中,(一)及び(二)の各(7)ないし各(9)の事実を除く。)(本件各更正処分についての被控訴人の判断等)は,当事者間に争いがない。当事者間に争いのある部分は,昭和57年10月期及び昭和58年10月期における繰越欠損金額の各当期控除額及びこの金額により計算上影響を受ける部分であり,控訴人は,右各控除額につき,昭和54年10月期における控訴人の29,977,000円の在庫の過大計上に関する被控訴人の処理を違法であると主張し,本件各更正処分のその他の点については,被控訴人の処理を適法と認めて争わない。

そして,控訴人は,被控訴人の担当官が,本件調査において,昭和54年10月期からの仮装経理(在庫の過大計上)を確認し得たのであるから,被控訴人は,同期について過大在庫を減額する更正をし,更正後の金額に基づき昭和57年10月期及び昭和58年10月期における繰越欠損金額の当期控除額を算定して法人税を定めるべき義務があることを前提として,右の処理をすることなく本件各更正処分をしたのは,違法であると主張する。

二  そこで,本件各更正処分についての経緯を見る。成立に争いのない甲第1号証,第14ないし第19号証,証人堀内幸久(原審及び当審)及び中村徳男の証言に右争いのない事実及び弁論の全趣旨を総合すると,

1  被控訴人は,昭和59年8月から9月にかけて,主として,控訴人の土地譲渡に関する税務調査をしたが,そのとき,被控訴人の担当官は,控訴人の会計事務担当の堀内幸久から控訴人の仮装経理(在庫の過大計上)の事実を知らされ,関係帳簿の提出を受けた。

2  被控訴人は,昭和59年11月30日に控訴人の昭和57年10月期及び昭和58年10月期に関するそれぞれの修正申告に対し更正・賦課決定をしたが,同決定には,昭和57年10月期及び昭和58年10月期における繰越欠損金額の当期控除額につき,昭和54年10月期からの在庫の過大計上を是正したことを前提とする更正がされていなかったこと等から,控訴人は,昭和60年1月24日,被控訴人に対し異議申立をした。

3  被控訴人は,右申立てに基づき控訴人の経理を調査した結果,同年5月9日,控訴人の当審における主張3記載のとおり,昭和54年10月期から昭和58年10月期までの在庫の過大計上を認定したが,昭和54年10月期の分については,異議決定時には,当該事業年度の法定申告期限である昭和54年12月31日から5年を経過していることから,国税通則法70条2項の規定により更正処分はできないことを理由に法人税の更正決定をしないこととし,当該事業年度分の翌期繰越欠損金額は,申告額を正当に計算されたものとして処理し,昭和55年10月期以降の在庫の過大計上分についてのみ考慮して,控訴人の所得金額等の計算をし,その結果,昭和57年10月期については,原処分を取り消した。更に,被控訴人は,右異議決定に基づき,昭和60年5月10日,控訴人の昭和55年10月期から昭和58年10月期までの各事業年度の法人税額について,それぞれの年度における在庫の過大計上分を否定すること等を内容とする再更正決定をした。

4  これに対し,控訴人は,昭和60年6月7日,昭和57年10月期と昭和58年10月期に関する再更正決定についてのみ審査請求をし,その後,本訴請求をした。

以上の事実が認められ,これに反する証拠はない。

三  被控訴人は,控訴人の本訴請求につき,控訴人が昭和54年10月期ないし昭和56年10月期について,いずれも国税通則法23条1項所定の更正の請求をしていないことから,これにより右各事業年度における各翌期繰越欠損金額の申告に係る部分(ただし,昭和55年10月期及び昭和56年10月期については,再更正処分を受けたもの。)は,既に確定しているから,右各事業年度の課税標準等及び税額等についての過誤訂正を求める手続きを経ることなく,既に確定したこれらの年度における申告に係る翌期繰越欠損金額を増額させる更正を前提として,昭和57年10月期以降の分につき更正処分の取消を求めることは許されないと主張するので,この点について検討する。

法人税については申告納税方式が採られているところ(法人税法71条),同方式においては,納付すべき税額は,申告によって確定するのが原則である(国税通則法16条1項)。この原則のもとにおいて,一旦申告をした後はおいては,申告者は,税額に不足額があり,又は純損失等の金額が過大である場合等において,課税標準等又は税額等を修正する申告書を提出することができるが(同法19条),他方では,申告した税額が過大であり,又は純損失等の金額が過少である場合等において,課税標準等又は税額等に関して更正の請求をすることができ(同法23条),税務署長は,一定の場合にこれらを更正することができるものとされている(同法24条)。そして,これらの規定における「課税標準等」の概念には,ある事業年度において生じた欠損金額であって,翌事業年度以降の事業年度分の所得の金額の計算上順次繰り越して控除することのできるものが含まれる(同法19条,2条6号ハ)。

ところで,欠損金額の生じた事業年度について青色申告書である確定申告書を提出し,かつ,その後において連続して確定申告書を提出している場合には,各事業年度開始の日前5年以内に開始した事業年度において生じた欠損金額に相当する金額は,各事業年度の所得の金額の計算上損金額に算入される(法人税法57条)。したがって,これに該当する申告者については,各事業年度の次事業年度に繰り越される欠損金額は,「課税標準等」に該当することが明らかである。

そうすると,右の青色申告者が,ある事業年度において申告した欠損金額に誤りがあったとして,のちにこれを増加させるには,更正の請求をしなければならないのであり,しかも,これを是正する順序として,前事業年度以前における,誤りがあった事業年度の欠損金額を先ず是正し,ついでその後の事業年度の欠損金額を順次是正することが必要である。すなわち,誤りがあった事業年度の欠損金額を是正するための当該事業年度についての更正請求の手続を経ることなく,その誤りを前提として,後の事業年度について更正の請求をしたり,更正処分の取消しを求めることは許されないというべきである。

成立に争いのない甲第2号証及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,昭和54年10月期以前から継続して青色申告をしていたことが明らかであるから,控訴人は,申告した欠損金額を是正するには,右に説示したところに則した更正の請求等をすることを要するのである。ところが,控訴人は,本訴において,被控訴人が昭和54年10月期の翌期への繰越欠損金額の増額をしないで昭和57年10月期及び昭和58年10月期についての当期控除額を認定した処理は違法であると主張して,右両期についての更正処分の取消しを求めるものである。しかし,弁論の全趣旨によれば,控訴人は,昭和54年10月期については,更正の請求をしていないことが明らかであり,右に説示したところによると,昭和54年10月期の翌期への繰越欠損金額の計上が過少であることを前提として,その是正のための更正の請求等をすることなく,昭和57年10月期及び昭和58年10月期についての更正処分の取消しを求めることは,許されないものである。

四  この点につき,控訴人は,被控訴人が昭和60年5月10日付けで控訴人に対してした昭和55年10月期及び昭和56年10月期に関する再更正処分の通知書には,不服申立てをすることができる旨の教示の不動文字が抹消されていたこと及び昭和54年10月期の過大在庫の減額は,右各再更正処分を争うことによっては認められる余地がないことから,控訴人は,本件において昭和54年10月期の過大在庫の減額を主張することが許されると主張する。そして,右教示の文字が抹消されていた事実は当事者間に争いがない。しかし,右再更正処分は,いずれも各事業年度の欠損金額を増加させるものであるから,控訴人は,この処分に対して不服の申立てをすることができないのであり,したがって被控訴人が右教示をしなかったことは何ら違法ではない。そして,昭和54年10月期の過大在庫の減額は,昭和55年10月期及び昭和56年10月期に関する再更正処分の取消を求めても目的を達することができないものであるが,そのことを理由として,昭和54年10月期の過大在庫により同事業年度についての欠損金額の増額を昭和57年10月期以降の事業年度において求めることは許されないから,控訴人の右主張はいずれも理由がない。

また,控訴人は,昭和54年10月期について過大在庫を減額する更正処分をすることが可能であった昭和59年8月6日から同年11月30日までの間において,被控訴人の職権の発動を求めたが,被控訴人は,右要求を無視して,国税通則法70条2項所定の期間を徒過した後の昭和60年5月10日に更正処分をしたのであり,このような事情の下では,被控訴人が前記の主張をすることは,信義則に反すると主張する。

確かに,同項の規定によれば,税務署長たる被控訴人は,職権により,納税申告書に係る国税の法定申告期限から5年以内に限り,当該申告書に記載した翌期繰越欠損金額を増額するための更正決定をすることができ,前示認定のとおり,控訴人は,被控訴人が右職権の発動をすることが可能な期間内に職権発動を求め,関係書類を被控訴人の担当官に手交したことが認められるが,仮に,当該関係書類が被控訴人において右職権の発動をする契機とするに足りるものであったとしても,なお,被控訴人が控訴人に対し減額更正をすることを約束した等の特段の事情のない限り,更正決定をするかどうかは,被控訴人の裁量に属することに変りがないものというべきである。けだし,同法23条1項によれば,納税申告をした者は,一定の事由がある場合には,当該申告書に係る国税の法定申告期限から1年以内に限り,更正の請求をすることができるものとされ,これによれば,当該申告書に記載した翌期繰越欠損金額を増額するための更正の請求も,その期限内に限って可能であることが明らかであるところ,右期限が経過した後に,右の点について職権の発動を求められた場合においても,常に更正決定を義務づけられるものと解することは,更正の請求について設けられた期間の制限を実質上無意義なものとすることになるからである。

そして,原審及び当審における証人堀内幸久の証言並びに弁論の全趣旨によれば,控訴人の前認定の過大在庫の計上は,控訴人の対外的な信用の維持等のために,欠損額を圧縮して決算を粉飾する目的のもとに作為的になされたものであり,これによって昭和54年10月期から昭和58年10月期までの間において各期の欠損金額を圧縮してきたこと,ところが,本件調査の結果昭和57年10月期及び昭和58年10月期の各決算については,更正決定により本件土地の譲渡益が加算されて法人税が課税されるおそれが生じたことから,控訴人は,にわかに方針を転換し,過大在庫の計上を取り止めることによって右課税を免れる目的のもとに,被控訴人係官に過大在庫の計上をした事実を打ち明けたことが認められる。また,被控訴人が控訴人に対して減額の更正を約束した等の特段の事情を認めるに足りる証拠は存在しない。

右に説示した国税通則法23条の法意及び右認定の経緯によれば,被控訴人が昭和56年10月期以前の分の確定を根拠とする前記の主張をすることが信義則に反するものということはできない。

五  してみれば,控訴人の本訴請求は,その余の点を判断するまでもなく,理由がなく失当であるというべきである。

よって,控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,控訴費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民訴法95条,89条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 橘勝治 裁判官 小川克介 裁判官 南敏文)

<以下省略>

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